大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(う)1326号 判決 1963年1月24日

控訴人 原審検察官

被告人 岡本安弘

検察官 平井卓二

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官片岡平太作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、原裁判所は、検察官から本件公訴犯罪事実の立証のため取調べを請求した東俊祐の検察官に対する供述調書につき、その証拠能力を否定して右請求を却下したが、同調書は刑事訴訟法三二一条一項二号所定の要件を具備し証拠能力を有するものであるから、同調書の取調請求を却下した原裁判所の決定は違法であり、この点において原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反がある、というのである。

よつて案ずるのに、原審第四回公判期日に検察官より刑事訴訟法三二一条一項二号に基ずき所論東俊祐の検察官に対する供述調書の取調べを請求し、弁護人より同調書にはいわゆる特信性がない旨意見を述べたところ、原裁判所は一旦その証拠決定を留保したうえ、同第六回公判期日において右調書には証拠能力がないとの理由で右請求を却下する旨の決定を宣告したことは記録上明らかである。

ところで、検察官は当審においても所論東俊祐の検察官に対する供述調書の取調べを請求したので、当裁判所は、その証拠決定に先立ち同調書を提示させて一覧したところ、同調書の冒頭には供述者の氏名の表示として「西春雄」と記載され、末尾の供述者署名押印欄にも西春雄と記載されたうえその名下に指印が施されているが、一方同調書の本文中にはその供述者が仮りの名を用いて署名する旨の供述記載もあつて、結局同調書はなんびとかの検察官の面前における供述を録取した書面であることが認められるけれども、それが東俊祐の供述録取書であることは同調書自体からは全然知ることができない。しかしながら、原審公判廷における証人東俊祐の証言によると、右調書は同人が検察官の面前においてした供述を録取したもので、同調書の供述者署名押印欄にある前記西春雄なる記載及びその名下の指印も右東俊祐が自らこれをしたものであることが認められるのであつて、右西春雄なる記載が刑事訴訟法三二一条一項にいわゆる供述者の署名にあたるかどうかはともかくとして、少くとも右指印が同項にいわゆる供述者の押印(指印を含むことにつき刑事訴訟規則六一条一項参照)にあたることは明らかであるから、同調書は同項二号にいう被告人以外の者たる東俊祐の検察官の面前における供述を録取した書面で供述者の押印のあるものと解さざるを得ない。そこで、このような書面が、被告人からこれを証拠とすることの同意の得られなかつた本件において、証拠能力をもつためには、右三二一条一項二号の前段又は後段所定の要件を具備しなければならないところ、右東俊祐につき公判準備又は公判期日において供述することができないような事情は記録上全く見出せないから、同号前段所定の要件を欠くことは明らかであり、従つて問題は同調書が同号後段所定の要件を具備するかどうかである。しかも、記録によると、原審において検察官より同調書の取調べを請求するに先立ち第三回公判期日に右東俊祐を証人として尋問したところ、同人は、さきに検察官の面前でし右調書に録取された供述すなわち被告人の本件公訴にかかる犯行を目撃した旨の供述(この供述内容は右東証人及び証人木原守一の原審公判廷における各供述によつて窺知することができる)をひるがえし、右犯行を全然目撃していない旨相反する供述をしたことが認められるから、右三二一条一項二号後段本文のいわゆる必要性の要件に欠くるところはない。従つて、問題は結局同調書に同後段但書のいわゆる特信性があるかどうかの一点に帰着することとなるが、当裁判所は、次の理由により同調書は特信性を欠き証拠能力がないものと判断する。

まず捜査官憲が東俊祐なる参考人を見つけ出し同人の西春雄名義による前記検察官に対する供述調書が作成されるまでの経緯、状況についてみるのに、原審において適法に取調べられた証拠(特に前記木原、東両証人の証言)によれば、いわゆる釜ケ崎事件、すなわち昭和三六年八月一日午後九時過ぎから同月五日午前一時頃まで連日連夜にわたり西成警察署及び浪速警察署の各管内にまたがる通称釜ケ崎地区内の各所において反覆波状的に行われた集団暴力事件の捜査を担当した西成警察署警察官木原守一は、同事件につき現場写真を持ち廻る等して種々聞込みを重ねるうち、通称順子という男娼から、写真中の人物の一人として東俊祐を指摘されたので、同月二三、四日頃多数の現場写真を携えて同人方を訪れ、同人に対し右写真中から面識のある者を指摘されたい旨依頼したところ、同人において右写真のうちから一枚(記録二一一丁編綴のもの)を抜き出し、これに写つている人自身ではないがその人に似た男が投石するのを目撃したと言つて、被告人の名を告げたので(もつとも、東が木原に対して右の如き供述をしたのは、初めて同人の訪問を受けて前記のような依頼をうけたその場においてか、それとも東が原審公判廷で証言するようにその後数日にわたり木原の執拗な訪問、追及を受けた末なのか、いずれとも判断しがたい)、同月二七日木原はその旨の供述調書を作成したこと、ところが、右調書作成の際、東においてその調書に自己の真の氏名及び住居が表示されるのを厭つたので、木原は東の氏名及び住居(大阪市浪速区水崎町一二番地永和荘内)を知りながら、同調書ではこれを秘し、供述者の氏名については特に西春雄なる名称を創設し、住居も隣町である同区馬渕町一二番地永田方と虚偽の表示をしたうえ、西春雄の名義で署名指印させたこと、本件捜査担当の検察官も木原から右の事情を告げられ東俊祐の真の氏名、住居を知りながら右虚偽の氏名、住居を表示して本件検察官面前調書を作成したうえ、同様西春雄名義で署名指印させたことが認められる。

ところで、検察官は、このような仮名による調書を作成したのは供述者東俊祐が平素芸人として被告人の働いている飲食店にも出入りしていて被告人にも面識があり、後難を怖れるの余り自己が警察に申告した事実を極力隠蔽するため、自己の本名を公にすることを極度に嫌忌したからである、という。しかしながら、たとえ所論のような理由があつたとしてもなお、このような供述者の真の氏名を隠蔽した本件検察官面前調書の供述内容に信を措くことは危険である。けだし、この場合、供述者は、自己の氏名、住居の隠蔽を保障されることによつて、真実を供述しなければならないという責任感から解放され、徒らに取調官憲に迎合して虚偽の供述をする危険性が極めて大きいからである。特に本件において、東俊祐は釜ケ崎事件の犯行現場に居合わせた一人として、同事件の捜査を担当する木原警察官の度重なる訪問を受け捜査に対する協力を執拗に求められた末、その煩わしさからのがれたいという気持に、自己が供述者であることを被告人に知られる虞れはないとの安心感も加わつて、一時のがれに同警察官に被告人の名を挙げて虚偽の供述をしたのではないか、そして同様自己の氏名住居の隠蔽を保障して呉れる検察官に対してもまた右虚偽の供述を繰り返えしたのではないか、との疑を容易に払拭し得ないのである。さらに、本件調書には供述者の表示として一応西春雄なる氏名が記載され署名欄にも同様の記載がなされているが、これはいわば供述者と調書作成者たる検察官との馴合いによつて架空の氏名を表示したのに過ぎない。供述者のいう氏名が通称又は偽名であることを知らずこれを本名であると信じて調書にその旨の表示をしかつその氏名で署名させた場合とは到底同日の談ではない。むしろ本件調書はその冒頭の供述者氏名欄を空白とし末尾の供述者署名押印欄に単に指印のみを施した調書に近い信用性をしか主張し得ないものである。供述者が真の氏名住居を調書に表示することを拒絶したときは、刑事訴訟法二二六条による証人尋問を請求して、真の氏名住居を表示し本名による署名のある(同法三八条、特にその六項参照)、信用度の高い調書を強制的に獲得する途も開かれているのである。このような方法をも講じないで安易に供述者と妥協し架空人名義の調書を作成して伝聞法則の例外規定である同法三二一条一項二号の適用を主張するが如きは、その調書作成の際の経緯は如何にあれ、到底当裁判所の容認しがたいところである。さらに付言すれば、原審において適法に取調べた証拠によれば、被告人は右供述者東俊祐が流し芸人として時折り出入りする飲食店の板場職人であるというだけで同人と特に深い交渉があるわけではなく、又被告人は昭和三五年六月に傷害罪により罰金三、〇〇〇円に処せられたことはあるけれども他に前科はなく、平素とかく粗暴な言動に出ることが多かつたというわけでもないし、さらに東証人の原審公判廷における証言内容自体に照らしても、同証人の右公判廷での証言が被告人に対する畏怖の念に駆られてした虚偽の供述であるとは一概に断定しがたいのである。

結局、所論東俊祐の検察官に対する供述調書は刑事訴訟法三二一条一項二号後段但書のいわゆる特信性を欠き証拠能力を有しないというのほかなく、結局右調書の証拠能力を否定し同調書の取調請求を却下した原審の訴訟手続には所論の如き違法はないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 松村寿伝夫 裁判官 河村澄夫 裁判官 日野達蔵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例